令和7年12月定例議会 一般質問

綾町工芸コミュニティ協議会について

興梠)それでは、通告書に従って質問する。第1番目に綾町工芸コミュニティ協議会について尋ねる。
これまで綾町でのまちづくりにおいて、手作り工芸の育成が長年にわたって行政のバックアップのもと行われてきた。今年で44回目を迎えた綾工芸まつりだが、これまで事務局が総合政策課内、かつての産業観光課内にあり、事務的な業務を担っていただいていたが、今年からほぼ工芸社でやることになり、役場職員の関わりがほぼなくなった。

今後町としての関わり方、基本的な姿勢を伺う。

町長)結論から申し上げると今一度原点、すなわちひむか邑の基本理念に立ち返って考えていただきたいということである。綾ひむか邑は1973年に発足した。この綾町工芸コミュニティ協議会は昭和56年、今から44年前、実質的には43年前に発足し以来40年以上にわたって綾町のまちづくりの一つの大きな柱として、工芸家の方々と手作り工芸の里づくりに取り組んできた。また工芸まつりが、綾町の工芸文化の発信地としての役割を担なってきたことも、十分認識をしている。

しかしながら、これまで協議会の理事会や総会でも話をさせていただいているが、町からの協議会への補助金がそのまま工芸まつりの予算として使われていることなど、昨今の協議会の活動が、工芸まつりの開催にとどまっていることに強い懸念と疑問を持っている。また会員の中にも、同じ思いを持っていらっしゃる方がいらっしゃると思う。工芸に限らず、どの分野においても、後継者難、それから人手不足というのは共通の課題である。工芸家の皆さん方も同じ課題にどう取り組むのか。また、今後協議会をどのようにしていくのか。今のうちから取り組まなければいけないことを、工芸家の皆さんで話し合う必要があると考えている。

これまでは行政がバックアップして取り組んできたが、今後10年後、20年後、さらにはその先のことを考えたときに、今までと同様の組織の在り方、それから運用で持続可能なのか、極めて心配に感じている。もっと自分事としてとらえていただき、工芸まつりだけではなく、一つの工房ではできないことも、工芸コミュニティ協議会としてやれることがもっとあるのではないかというふうに考えている。

御承知のとおり自治公民館をはじめ、各種団体においても、組織の在り方、それから運営について、いま1度考えていただきたいと、私が就任して以来お願いをしている。観光協会と産業活性化協会においても、見直し、再編を予定しているところだ。新年度からスタートできるように今準備を進めているところだ。

このように将来を見据えて見直しをした上で必要な部分があるとすれば、行政としても予算を含めてしっかりと支援をしていきたいと考えている。また工芸まつりへの関わりがほぼなくなったとの御指摘だが、今まで事務局がどんなことを行ってきたのか、正確に認識をしていただいた上で、事務局業務も含めて、どうあるべきかというのを、ぜひとも当事者の一方である、工芸家の皆さん方が主体的に考えていただきたいと考えている。関わりをなくすということではなく、必要な部分をしっかりとサポートしていきたいと考えている。

興梠)町長の今の御答弁に基本的に反対するところは私個人的にはない。工芸社自身の問題が多分にあると私も思っている。
総会や実行委員会などで私は個人的にもずっとその点を工芸社の皆さんに訴えてきた。確かに工芸社が主体的に動いて、工芸コミュニティが工芸まつりだけの組織であってはならないという御答弁、全くそのとおりだと思うが、ただ一方で、この工芸が今までの綾のまちづくりの根幹にあったと私は考えている。

それは町長も答弁があったが、綾の森を守ったことと綾の工芸を保護していく、育成していくという綾町の方針というのは不可分だと思う。今、そのつもりがないとおっしゃられましたけども、人は替わっていくので、町長もいつまでも町長でいらっしゃるわけではなく、(松下)課長も来年は定年を迎えられる。昔を知ってる人材がどんどん入れ替わっていったときに、果たしてそれが本当に引き継がれていくのかというのが、私が本当に懸念をするところである。

今この議場にいらっしゃる課長の中にも、多くは、かつて、産業観光課で私たちと一緒に工芸まつりをつくり上げてきた仲間だと私は思っている。副町長もそうだ。今では、工芸社も「工芸まつり実行委員会」というのを立ち上げてやっているが、私が工芸まつり関わった当初は、四、五人しか実行委員がいなくて、ほぼほぼ役場におんぶにだっこな状態だったと思う。それをやっぱり自分たちでやっていこうという機運が高まって、実行委員に今ではもう工芸社全てが何らかの役割を持つようになり、できるだけ事務局の負担を減らそうと努力してきたつもりでいる。

その中で、今この場で、課長たちといろいろやりとりをさせていただいているが、そのときに培ったコミュニケーションだとか、信頼。そういうのは、私個人的には工芸まつり実行委員として動いたときの過程というか、そういう蓄積があって、いろんなやりとりをさせていただいていると思っている。

官民が一体となって工芸まつりをつくり上げてきたこの「文化」というのは、ほか(自治体)にはないものだ。

例えば三股町で、産業、工芸まつり的なイベントを、もうここ数年行っておられる。私も行ってみたが、規模は工芸まつりの方が大きいと思うが大変なにぎわいを見せていた。ただし、絶対的に違うのは綾の工芸まつりというのが、ただの産業祭ではないというところだと思う。そこは、今ちょっと工芸まつりの方向性もちょっと変わってきつつあるなという懸念はあるが、工芸まつりがほかの産業祭と違う、差別化を図らなきゃいけない、いけないところはやっぱりその森を守った延長線上というか、並行して工芸の育成があると、そういう考えに基づいたまちづくりを綾町が行ってきたということにあると思う。そこを忘れてはいけない。

先日、全員協議会で綾町まちづくり指針を、今後策定していく中で、基本構想として綾町憲章があると。そこは違えないという総合政策課課長の説明があった。綾町憲章の下に、細かく基本構想とかは柔軟に今後はやっていくんだと言われて、しっかりやってほしいとお願いしたところだ。

この綾町憲章が、絵に描いた餅にならないかと。そこを1番私は心配しているところだ。

この工芸に対して、町長の言われることは分かるが、一緒に官民一体となってつくり上げてきた文化というものを、もう少し、工芸社自身も考えなきゃいけない、でも執行部も考えていただきたいと。

町長は説明されてきたと言われるが、町長になられて総会を2回、参加していただき、理事会も参加していただいてると思うが、それは理事会は大体総会の前にありますから、2回。あと、全体会というのはしょっちゅうやっている。2年間で、10回まで言わないが、五、六回とか、それ以上は開催されていると思う。その場で町長が、そういった説明なり、会員とコミュニケーションを図って対話をされたと記憶が(私には)ない。私は、その説明責任というのは、(協議会会長としても)もうちょっとあっても良いんじゃないかなと思うが、いかがか。

町長)今、興梠議員がおっしゃったことは、工芸まつりについてずっと話をされている。この質問は、工協議会の話だ。工芸まつりっていうのは非常にすばらしいものだというふうに思っているし、だからこそ44年続いてきたというふうに思っている。

私が言ってるのは工芸コミュニティ協議会の在り方についてだ。これについては理事会、それから総会でも話をしている。総会では皆さんたちが参加をされる。理事会の中でもお話をしている。そして工芸まつりについても、補助金が減らされた云々っていうような話があるが、そうであれば、工芸家の皆さん方がそこで収入を得る、その収入を得ること自体を否定するわけではないが、余計に自分たちで考えて、何をどういうふうにしていくのかそしてそれで、そこから今お話をしたひむか邑の基本理念をどういうふうに、来られたお客様に伝えていくのかということを、工芸家の皆さんそれぞれが考えていただく、そして協議会としてどういうことができるのかっていうのをいま1度考え直していただきたいと申し上げている。説明がないと言うが私は総会で説明をしている。そして、理事会に出られた方も確かにいらっしゃるわけですから、その方々から、当然聞いていらっしゃると思うのが、これは当然であると思っている。

だからそこをもう一度、皆さん方でしっかりと話し合っていただければと思う。先ほど申し上げたように、1人ではできないことも、工芸コミュニティ協議会であれば、いろんなことができるんではないかと思っている。個別にやられてる方もいらっしゃる。そういうことも含めて、それからそれの発信についてもやられてる方もいらっしゃる。しかし工芸まつりのときには、CMも出すが、それ以外のところでは、限られた方しか、情報発信はやっぱりされていない。そういうところも含めて、ぜひいろんな形で何ができるのかと今考えていただきたいと思っている。

そうでなければ、本当に、今後の後継者の育成であったりとか、また新たな人たちがこの綾町に入ってきて工芸をやっていくというようなところにつながっていかないんではないかなというところに1番の危機感を持っている

興梠)確かに今、私が話したのは工芸まつりの話だが、工芸コミュニティの中心に工芸まつりがあるのはこれは間違いないことだ。私も工芸コミュニティが工芸まつりのためだけにあるというのは、非常に違和感を持っている。
この後に教育長にもお尋ねするが、教育現場についてもいろいろと関わっていくべきだろうと思うし、もっと言えば、先ほど、森を守ったことと不可分だという話をしたが、エコパークとももっと連携して、工芸社として何ができるのかとか、そういう議論があってもしかるべきだと私は個人的に思っているし、そういう訴えをしてきた。

実際私は個人的には、「エコパークってなんじゃろか」という勉強会を、エコパーク室と共催をさせていただいた。
しかし、残念ながらその勉強会も今立ち消えになっている(理由としては、私の企画が町長の意向に沿わないから、と理解している)。

町長が言われることはもっともだが、私が先ほどから言ってるのは、もう少し町長から工芸社に対してのアプローチをしていただけないかなと、お願いしている。

総会だけで理事会で話をされた。理事がどれだけ説明するのかというのはそれは理事、工芸コミュニティの問題だが、全体会も何回もあって前田(元)町長のときは全体会に何度も足を運んできていただいて、いろんな話をしていただいた。いろいろスケジュールの都合もあるかもしれないが、もう少し丁寧に説明をしていただければ、工芸社の理解も深まるのではと私は思うのだが。

町長)私はそういう考え方が、少し違うんではないかなと思っている。

私から言われないとやらないのか。小学生とか中学生ではない。

この前の(照葉樹林)マラソンのときは、中学生が自ら自分たちは何ができるんだろうか。何をしたらいいんだろうかということで中学生が集まって、そしてそれを企画として上げてきて、そして私たちが動くというようなことになった、非常にすばらしいことだというふうに思っている。それが大人の集まりである工芸コミュニティーはできないのか。
私はできると思う。
今、約40工房いらっしゃいますけれども、皆さん方、それぞれの志で工芸をやられてるかと思うので、そういうものを工芸コミュニティーの中でやっていただく。私が一々言わなければいけないということであれば、工芸コミュニティ協議会っていうのは、何のためにやるんですかということになるかと思う。そういうことをしっかりと考えていただいて、主体的にやっていただくということが今必要だ。
これは工芸コミュニティだけではなく先ほど申し上げたように、いろんな団体で話をしている。公民館長会議でも同じことをお話ししている。

皆さん方で考えてください。
私どもでいろんなことを発信したり、こういうふうにやってくださいというのは簡単なのかもしれない。それでは、公民館活動は自治公民館ではなくなってしまう。工芸コミュニティ協会にしても主体は皆さんたちなんですね、工芸家の方々なんですよ。そうでなければ、私は会長になる意味もないですから、そういうことをしっかり考えていただきたいということでお話をしている。

興梠)全く町長と言われることに、賛同したいと思う。できないんですよ。残念ながら。
私はもうずっともう10年、10年以上前から20年ぐらいですけど、全体会なり、このままじゃ持続可能ではなく、行政のバックアップもなくなりますよと、もっと自分たちで考えて。なぜ、綾町だけ行政のバックアップがあるのか予算がつくのか、その意味を考えないといけないんじゃないですかと。
工芸コミュニティで訴えてきましたけども、なかなか変わらない。それでも少しずつ変わってきたと思います。
例えば、以前、亡くなられたパンの小川渉さんは、工芸コミュニティ会員だった。小川さんの思いは工芸まつりでパンを売ることが本当の目的じゃないんですよ。目的じゃなかった。あそこで(綾の森の)写真展を毎年されていた。その写真展をすることによって、工芸まつりに来られた方、もっと言えば、工芸社に対して、森を守ったこと、その意義を、多分、訴えかけていたんだろうと私は思う。私も、3年間しか続かなかったが、「森の恵み展」という企画をさせていただいた。それは、森の恵みを受けて、私たちが普段創作活動していると。その成果を一つのコーナーをつくって、訴えようって趣旨で始めたのだが、なかなか、それ意図をくんでくれる工芸社もおらず、いらっしゃるんですけど、少なくて、私1人で、そのときはまだ独身でしたので、なかなか続けられずに3年で頓挫した。事務局には御迷惑をおかけしただけだったかもしれませんけども、そういったことを続けてきたんですが、なかなか変わらない。
そういう思いはある。町長の言われることももっともだ。
でも、それでも簡単であれば、やはり、全体会にできるだけ出席していただいて、もう少し対話を促すような、町長としての役割もしていただければなと思うがいかが。

町長)繰り返しになるが、興梠議員だけができないと思ってらっしゃるんじゃないかと思う。私は、今日たくさん見えられている工芸コミュニティ協議会の方が、もちろん議員の方、議員の中にも日高議員は、協議会の(前)副会長でもある。そういうことを考えるとですねできなくはないと思う。伝え方、その辺の問題ではないか。私はこうやって、議員が一般質問でこうやってあげていただいて、私も今までも言ってきたし、こういうやりとりをして、それを聞いていただく、そういうことによって、ぜひこの工芸コミュニティ協議会の中でですね、もう一度、議論をですね、深めていただければと思う。

興梠)分かりました。
少々話が変わるが最後は、また工芸の話なので議長の理解を頂きたいが、先日、渡辺創衆議院議員の国政報告会、参加してきた。その中でインフレ要因としての円安という話があり、思うところがあって、私はAIと対話をしてみた。円安によって輸入物価の上昇によってコストプッシュ型インフレが起こっていると、それが今日本の現状であると。それは思っている以上日本が輸入依存型の社会になっていると思うが、町長はその理解でよろしいか。要するに円安によってインフレが加速され、輸入依存が大きいがために、コストプッシュ型インフレになっていると私は理解している。渡辺(衆議院)議員の説明もそういうことだった。

町長はそれについてどう思われますかという質問。難しいですか。

町長)何か工芸との関係があるのか。

興梠)はい。そこに行きつくので、確認したいだけだ。

町長)続けて質問してください。関連が分からない。

興梠)輸入依存が高いがためにそういうことになっているという前提で話を進めさせていただく。それを避けるためには輸入依存度を下げることっていうのが普通考えること。輸入依存度を下げるということは、国内での産業構造を変える必要があって、変える必要があるのだが、要するに、国内で自給を全ての産業で図っていく、これは非常に難しいのだが、理想形として、江戸時代が完全循環型の社会をつくっていたわけで、それを現代のテクノロジーで再生、リデザインするというか、やってみたらどうなのかという提案を(AIに)してみると、それは今後の日本の持続的な社会を構築するためには1番いい考えだという回答だった。長い目で見ればそのほうが日本という国の存続にとって安全で健全であるという回答を得られた。

その延長で、綾町の存在がどのようにそれに寄与するのかという質問をしてみた。

そのAIの回答が綾町のこれまでのまちづくりの哲学と実践は、ネオ江戸経済循環圏の実現可能性を高める極めて重要なモデルと回答している。綾町の取組は、大規模な国家戦略で議論される抽象的な理想ではなく、持続可能性と循環が地域レベルで経済的社会的に成り立つことを示してきた証拠だ、ということだ。食料・資源循環の寄与ということで、自然生態系農業、有機農業はネオ江戸の構造の核となる食料資源循環システムそのものですという評価を得ている。
ちょっと褒め過ぎかなという気もするが、輸入依存からの脱却というのが、肥料や農薬など輸入に頼るのではなく、資材のそれも自給自足をしていくというのが綾町が先例として参考になるということだ。

ちょっと、この考えで、工芸と多少離れるが、先日の議案の説明で有機米が21トンの生産があったと。7トンは給食に使うと、残りを販売に回すというお話だったと思うが、その中で9月の一般質問でも、米の自給について質問させていただいたが、まずは町民に還元するべきじゃないかなと私はちょっと思った。町民に販売して残った分を、説明にあったようなグリーンコープなり、一般の小売に回せたりとか、ふるさと納税に回すとか、そういう発想にならなかったのかなと個人的には思った。

次に製造・修理文化への寄与ということで工芸が出てくる。よく長く使う価値感の醸成と、これが工芸を綾町が大事にしてきたということの評価だろうと思う。
その先にあるのが心理的転換の寄与ということで、先ほど初めて見たんですけど(手元に配布してあった)、令和8年度における重点施策と、ここでは、新年度予算のこうやってつくっていくという、主張だと思うんですけども、最初に綾町民の幸福度向上とある。

まさしくそのとおりだと思う。

幸福度向上をGDPではなくて、経済的な拡大ではなくて、QOLというらしいです、クオリティーオブライフ、こういう指標で図っていくのが今後、世界的にも社会的にも必要とされてると。その中で綾町が小さな町であっても、国家的な構造改革の理想を既に数十年にわたって実現し続けているという点で日本の進むべき方向性を示す重要な灯台の存在だとAIも評価している。ちょっと確かに褒め過ぎかなとは思うが、そういう、評価が得られるということは、やっぱり、綾町が世界の最先端にいるという自覚を持って、今後まちづくりをしていくべきじゃないかなと私は思う。

それについて、町長は今の、感想なりありましたらをお聞かせください。

町長)話が飛躍し過ぎて何を答えていいかよく分からないっていう状況だ。AIを使われるのは結構だが、私も使うがAIがそう言ってるからということではなくてそれ一部そのとおりだと思う。ずっと私言っているが、この綾町っていうのはですね本当にすばらしい、いい町になった。私が外に出ている間に本当にすばらしい町になっていたと思う。私の小さい頃はそういうふうに思えなかった。何もないし、でも何もないところからひむか邑っていうのは逆に言えば出てきたと。今から50年前、1952年前にですね、綾ひむか邑が誕生したのはそういう時代です。
私は本当にまだ小さいときだった。何もないからということで、それだったらここがいいんじゃないかということで、元総理大臣の宮澤喜一さんを初め、日本の歴々の方々が発起人になって作られた。それがあってこそ、今、この小さい町で、現代の名工が3人もいらっしゃる本当にすばらしい町になってきた。これは工芸の町としてうたっているのはそういう風な歴史があるからだ。

輸出がどうのこうのっていう話と基本的あんまり関係ないような気がしておりますけれどもとにかく、生活の中で本物のものをつくるというところから綾ひむか邑も始まってるわけで、それがもちろん有機農業にもつながっていますし、同じような流れで来ている。それは郷田町長がつくられた一つの流れであるというふうに思っている。それをきちんと前田(元)町長が引き継がれたということだと思う。ただそれがやっぱり時代の流れとともにいろんな変化が起きてきている。そして組織であったり、その仕組みが少し疲弊をしているというふうに感じている。

これは皆さん同じように感じていらっしゃるんじゃないか。

だから今1度、原点に立ち返ってということはですね、私が議員のときもそうですけれども、町長に就任するもしくは町長選のときもですね、ずっと言ってきたそれ以降ずっと言ってきてるわけですので、その考え方は今も変わってないということだ。ただいろんなやり方とか取組方、そういうものについてはですね本当に変えていかなければ、持続可能なものにならないというふうに思っている。だから、本当に、この綾ひむか邑の精神っていうのが、下の方はよくお分かりになってると思う。それじゃそれを今どういうふうに具現化していけばいいのかというところをぜひ考えていただきたい。そういうきっかけをぜひ、興梠議員がもう一度改めて提案されたらいかがかなと思っている。

興梠)確かにちょっと大きな話だったかもしれないが、国全体のことと、今綾で取り組んでいることが綾がその先端にいるということを私は言いたかったんですよ。

持続可能な社会のモデルがこの綾であると。

だったら綾もっとそれをしっかりとつくり上げて、本当に絵に描いた餅じゃなくて、やるべきこととかいろいろあるとは思うが、工芸社の問題は本当に大きいし、これはもう我々が本当に自分事として考えていかないといけないが、やはり行政も、積極的に関わっていただいているが、もっと説明も(して欲しい)、この質問に先立ってですね課長にもお話を伺った。副会長である吉村さんにもお話を伺った。私が感じたのは今、やっぱりコミュニケーション不足だ。認識の違いの溝っていうのはお互いが思っている以上に深いなというのが私の印象だ。
もっとその機会を増やさないといけないなと。それは町長にお願いすることじゃなくて我々がそれこそ自主的に動くことかもしれないが、町長も協力していただきたいというとこだ。

今回資料を配付させていただいたが、これは本当に参考なんですけど、去年と今年と、商工会の伴走型支援事業で協力をしていただいた。おかげさまで今年は会場が変わって(その影響で)、売上げもかなり落ち込むかなと心配していたのだが、うちだけ言えば去年と変わらない売上げがあった。その中で、中川政七商店という奈良に本社があって全国展開をしているところ、会社にお願いして、コンサルに入っていただいた。

中川政七商店に対するプレゼン資料を職員の方がつくっていただいた。これ非常によくできてるなと私は個人的に思い、今回参考資料として配付させていただいた。まさしくこの項、自然のめぐりを壊さない経済活動、循環型システム等、次(ページ)の綾の3大産業、自然生態系農業・手作り工芸・産業観光、これがまさしく綾の根幹だろうと思う。町長が言われることももっともだと私も思うが、今はそのつもりがなくても、本当にその仕組み自体をもうやめていくと、人が変わった(代わった)ときにそれが引き継がれない可能性が私はあると思っている。

そこをきちんと守っていく努力をしていただきたいたいなと思う。

町長)仕組みを守っていただきたいっていうその意識を変えていただきたいと思う。そこに書いてあるとおり私はそれを見ている。はい。知っている。農業もそうだが、工業だけに限らず、いわゆる循環型の農業、循環型社会っていうのは綾町が真っ先に始めた、そしてパイオニアと言われている。でも、それは確かにその考え方は間違いない。でも今いろんな問題が起きている。それを解消しようとして、今バイオマスプラントの計画を今立てている。だから、基本的な考え方っていうのは変わってない。ただ、それが、残念ながら、経年劣化してきてしまったという事実はこれはある。ほかのところが綾町をモデルにしていろんなことをやってきた。ごみにしても、ごみの処理にしてもそうですし、それから農業にしてもそうですし、工芸にしてもそうなのかもしれない。また、もう私も言っている。でも残念ながら、三股の方には申し訳ないが、綾の工芸まつりに比べると、極めて残念な状況だ。余り、次行きたいっていうふうに思わない、なぜかというと、地元の方々は極めて少ない。三股町の工芸家の方々が極めて少ない。結局、何か物を売っているっていうだけに感じたのでですね、これはどうなのだろうなというふうに思った。あそこは綾とは全然違うと思っている。もちろん、町外の方からもですね、入れてやっていらっしゃいますけれども、基本的には町内の35工房の方が、参加をされてやってらっしゃるというと、完全違うんですけれども、そういうことではなく、もともとのこの工芸まつりもそうですけれども工芸コミュニティ協議会、そしてひむか邑が始まったとき、その基本的な理念を、もう一遍考え直して、今やらなければいけないことっていうのは何なのかというのを考えていただきたいと繰り返しお願いをしている。
コミュニケーションが足りないということであればどうぞとってください。主体的にとってください。よろしくお願いします。

興梠)今の町長循環システムはそのとおりだとおっしゃられましたが、さっきのお米の話になりますが、お米がですね、なぜ町民に対して販売されないのか、それ循環してないんじゃないかなと。外貨を稼ぐために、有機米を使うんだろうかという疑問があるんですがその点はいかが。

町長)総務委員長。ですよね今。議員になって2年以上たつわけですけれども、一般質問は、基本的に通告書に従ってやるんですけども、余りに飛躍し過ぎるとですね、これって一般質問にならないんですよ。そこは十分に考えていただきたい。それは、この前も9月の議会でもお話ししましたけれども、そういうようなことをやっているとですね、議会自体のいわゆる秩序がですね、壊れてしまうんではないかなというふうにまずこれは1点申し上げておく。それからお米については、学校については7トン約7トンをですね全て有機米を使っていく。それからふるさと納税についてもそうだ。そしてあとは一般的に売りますので、町民の方ももちろん買うことは可能だ。だから、全然外貨を稼ぐためだけではなくてですね、綾町のブランドとしてしっかりとパッケージもちゃんとつくってですね、販売をしていく。そういうようなことでですね、やっていくので、決して町民に還元しないということになる、ならないと思う。

興梠)お米の話をしたのは基本的な考えをお伺いしたかったので、例としてお米を出しただけだ。町長の所信表明で、温故知新、不易流行、全くそのとおりだなと私も感じているのだが、実際やられるていることを見ると、本当にそうなのかなというところがあるんですよね正直。

それが、国民スポーツ大会報優先の予算だったり、今回の工芸まつりだったり、今のお米の話もそうだが私はちょっと、どうなのかなというところがあったのでお聞きした。

何か分かりませんかね。

では、この質問はこれで終わりたいと思う。

教育現場での工芸について

次の質問に移りたい。

教育現場での工芸について教育長にお尋ねする。

岩切前教育長とはよく綾町の特色の一つである工芸についても話をさせていただいた。

私は前田元町長時代から中学校で工芸部がつくれないかという提案をさせていただいてきた。

岩切前教育長はその提案におおむね賛成の意を示していただいていたが、このたび、教育長が替わられたので、高松教育長にその見解をお伺いする。

教育長)綾町は手作り工芸の町として全国的にも広く知られいる。また先日も40工房以上の出展のもと、綾工芸まつりが盛大に開催された。

この特色を次世代へ継承していくことは極めて重要なことであると認識している。

町内の小中学生が地域の文化や伝統を理解し、様々な教育活動を通じて、ものづくりに触れ、興味関心を持つことは、後継者育成の観点からも大変、意義深いものであると考えている。

また本町では、綾の大人は皆教材というスローガンを掲げ、地域の皆様が子供たちの学びを支える環境づくりを進めている。

工芸分野をはじめ、様々な文化芸術活動で活躍されているマイスターの方々は、まさに生きた教材であり、子供たちと、子供たちにとって貴重な学びの機会になるもので、ものであると考えている。

さらに、現在綾町では、中学校の部活動の地域展開を推進しており、総合型文化活動、この総合型文化活動というのは、文化系の部活動を地域で総合的に展開するというもの。

その中で、特色ある文化活動の一つとして、工芸部を設置することは、本町ならではの魅力を生かした有効な取組になると考えている。

今後は中学校と協議を重ねながら、子供たちにとってよりよい部活動の一つとして、工芸部をどのように考えればいいのか、やればいいのかというようなことについて、具体的な検討を進めてまいりたい。

興梠)ありがとうございます。前向きに、工芸についても教育現場で取上げていただくといういうことでよろしいでしょうか。

ぜひ積極的に進めていただき、私個人としては、協力は惜しまないつもりでおりますのでまた今後ともよろしくお願いいたします。

以上です。

総括

今回の一般質問は、町長の答弁もいつものごとく「何を聞かれているのか分からない」というものでしたが、そう返されると尋ねようがなくなり、中途半端に投げ出してしまいました。反省です。

町長の言われることは一聴するともっともなんですが、なぜもっと対話を促すことに積極的に関わろうとしないのか。長年、綾でまちづくりに携わってきた方が言うのであれば、ここまで違和感を持たないと思います。結局、公民館活動にしても、住民自治を促すと言えば聞こえはいいですが、では町長は何をやっているのか、という素朴な疑問が残ります。国スポ予算の捻出に、都合よく原点に帰る、自治を取り戻すという言葉を使っては欲しくないものです。

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